昔、景行天皇とその双子の息子である大碓皇子と小碓皇子がいた。
一家は飼っていた猿をたいそう可愛がっていた。
景行天皇が猿を連れて伊勢を訪れた際、伊勢湾の対岸にある鷲取山にて大碓皇子が毒蛇に噛まれて亡くなったという報せを聞いた。
景行天皇はとても悲しみ、心穏やかではいられなかった。
そんな天皇のおきもちを汲みとった猿もまた、いてもたってもいられず、自ら伊勢湾に飛び込み、対岸まで泳ぎきった。
鷲取山についた猿は大碓皇子を弔った。
地元の村人から「この山には毒蛇の主がいる」と聞いた猿は、知恵と得意の武術でその毒蛇を退治した。
その後、猿は鷲取山にこもっていたが、弟の小碓皇子(後の日本武尊やまとたける)が東の国を平定するために出発したことを聞き、若者になって自らも同行し功績を上げた。
東国平定の後、その若者は日本武尊に言った。
「私はみなさまご一家にお世話になった猿でございます。御恩に報いるために参りました」と伝え、その後、鷲取山に帰っていった。
恩のある人物のために自ら海に飛び込み、東国平定にも同行した勇敢な猿は、村人からとても親しまれ、その尊敬のきもちから、いつしか鷲取山は猿投山と呼ばれるようになった。
勇敢で心優しいその猿は、今でも猿投の温泉につかって地元の桃や梨を楽しみながら、地域の人々を
見守ってくれているにちがいない。